大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)807号 判決

上告人

石川良子

右訴訟代理人

稲村良平

被上告人

株式会社振興相互銀行

右代表者

古谷敬二

右訴訟代理人

三島保

三島卓郎

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人稲村良平の上告理由一について。

所論は、上告人の本位的請求に関する訴を却下すべきものとした原審判断に法令違背があるというのである。

よつて案ずるに、上告人は、被上告人を相手とし、本位的請求として、仙台地方裁判所昭和四〇年(ケ)第七一号不動産競売事件につき同裁判所が作成した交付表の変更を求め、予備的請求として、不当利得の返還を求めたのに対し、被上告人は、本位的請求につき第一次的に訴却下、第二次的に請求棄却の判決を求め、予備的請求につき請求棄却の判決を求めたところ、一審は、本位的請求につき訴を却下し、予備的請求につきその一部を認容しその余の請求を棄却する旨の判決をしたのに対し、被上告人が予備的請求に関する敗訴部分につき控訴したのである。したがつて、控訴審である原審においては、上告人の本位的請求部分は、審判の対象とはなつていないのであつて、原判決が、右請求に関する訴は不適法であると判示したことはその必要がなかつたもので、主文に影響するものではないのであるから、所論は、原判決の傍論を非難するにすぎず、採用することができない。

同二について。

所論は、上告人の予備的請求に関し不当利得の成立を否定した原審判断に法令違背があるというのである。

所論の点に関し原審が確定した事実関係は、(1)上告人は、昭和三九年九月訴外堀鉄工業株式会社から当時農地であつた第一審判決添付別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けてその所有権を取得した後、これを宅地に造成することとし、訴外有限会社扇建設に請負わせて同年一二月から昭和四〇年一月ごろまでの間埋立工事をして宅地とし、その請負代金として合計一二〇〇万円を支払つた、(2)本件土地には上告人がその所有権を取得する以前に訴外堀鉄工業株式会社を債務者とし、被上告人を債権者とする根抵当権(仙台法務局昭和三九年一月一八日受付第一五四〇号)等が設定されていたため、昭和四〇年六月二一日本件土地に対して抵当権の実行による競売手続が開始され(仙台地方裁判所昭和四〇年(ケ)第七一号事件)、昭和四三年九月九日訴外株式会社三浦商会外一名に対し代金六四八〇万円で競落許可決定がされた、(3)一方上告人は、本件土地につき前記の宅地造成のため一二〇〇万円の有益費を支出しているとして右競売代金六四八〇万円から右の有益費の償還を受けるため競売裁判所にその配当要求をしたが、それが競落期日の後になされたものであつたため、結局昭和四四年一月二一日同裁判所において右配当要求金額が計上されない第一審判決添付別表第一のごとき交付表が作成され、右競売手続上は右有益費が上告人に交付されず、右有益費に相当する金員が被上告人らに配当されることになつている、というのである。

上告人は、右事実関係のもとにおいて、被上告人が右別表第一の交付表どおりの交付金を受領するときは、被上告人は、上告人が右競売代金から優先償還を受けうべき金員のうち被上告人に対する配当分に相当する金額を上告人の損失において不当利得することになると主張して、被上告人が右交付金を受領することの条件のもとに右不当利得の返還を求めたところ、原審は、これに対し、右の場合に利得をうけるのは、そのため余分の債務消滅の利益を受ける債務者(訴外堀鉄工事株式会社)であり、また、被上告人の利得には法律上の原因がないものとはいえないとして、上告人の右請求を排斥したのである。

しかし、抵当不動産の第三取得者が、抵当不動産につき必要費または有益費を支出して民法三九一条にもとづく優先償還請求権を有しているにもかかわらず、抵当不動産の競売代金が抵当権者に交付されたため、第三取得者が優先償還を受けられなかつたときは、第三取得者は右抵当権者に対し民法七〇三条にもとづく不当利得返還請求権を有するものと解するのが相当である。けだし、抵当不動産の第三取得者が抵当不動産につき支出した必要費または有益費の優先償還を受けうるのは、その必要費または有益費が不動産の価値の維持・増加のために支出された一種の共益費であることによるものであつて、右償還請求権は当然に最先順位の抵当権にも優先するものであり、したがつて、抵当権者は、右第三取得者に対する関係においては、その第三取得者が受けるべき優先償還金に相当する金員の交付を受けてこれを保有する実質的理由を有しないというべきであり、また、誤つて競売法三三条により抵当権者に右金員の交付がなされたとしても、その交付行為は抵当権者がその交付を受けうる実体上の権利を確定するものではないからである。もつとも、抵当権者に右の交付がなされた場合、一見抵当権者の債権が消滅し債務者が債務消滅の利得を得たかのような外形を呈するが、そうであるからといつて、交付を受けた抵当権者に利得がないとはいえないから、これを理由に抵当権者の不当利得を否定することはできない。

してみれば、これと異なる見解のもとに上告人の被上告人に対する不当利得返還請求権を排斥した原審の判断には、法令違背があり、その違法は原判決の結論に影響を与えることが明らかである。よつて、民訴法四〇七条一項により、原判決を破棄し、本件は上告人に認容さるべき金額等につきなお審理を必要とするからこれを原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸上康夫)

上告代理人稲村良平の上告理由

一、本件不服申立の方法について(法令違背)

任意競売事件について配当手続の準用があるか否かについては争いのあるところではあるが、最高裁判所は一応準用説に立つものと考えられており(昭和三一年一一月三〇日・民集一〇巻一四九六頁)実務の取扱いもまたこの線に沿うもののようである。従つて配当表につき不服のある場合配当異議の訴によるべきはむしろ当然であるが、本件については第一、二審ともそれが配当表に全く表現されていないという特質からか、配当異議の訴によるべきではなく、むしろ執行方法の異議によるべしとする。

しかし考えて見ると、執行方法の異議は執行官等執行機関の顕在かつ単一的な執行処分のあつたことを前提として、その処分の正否を審理しようとするものである。

しかし本件は上告人の請求を配当に加えないということだけではなく、更に他の抵当権者の受くべき配当額にまで変更を加えようとするものであるから、むしろ配当異議の方法によるにあらざれば不可能であるといつても過言ではなく、結局原審判決はこの点において競売法第三三条第二項および民事訴訟法第七九八条の解釈を誤つたものというべきである。

二、本件不当利得の成否について(法令違背)

本件原審は債権者に対して既に交付がなされ終つたことを理由として不当利得を否定しているのであるが、原審のいう「その交付がなされた後においては」という文言の意味が現実に交付表のとおりに配当がなされてしまつたという事実を認定しているのか或いは本件において上告人が競落期日までに異議申立がなされず(配当期日に異議はあつたが)に経過したことを指すのか不明であるがもし前者であるとすればそれは証拠に基かざる事実認定であるし(現実には配当実施は争いある部分につきなされていない)後者であるとすれば原審は民法三九一条の法意を誤解しているものである。すなわち、民法三九一条は衡平の原則に基づき、抵当物所有者(第三取得者)の出捐による利得を理由なくして競売債権者に取得せしめないとするものであつて、配当のテクニック上の理由に基くものではない(競落期日までに異議を言わせるのは配当の便宜に基くものである)。従つて裁判所としては民法三九一条の事実がわかれば、いつでもその利得は出捐者に取得せしむべきであり(だから配当異議が許さるべきこと前項に主張したとおりである)、もし配当が終了した後においても理由なき利得が存在する限り(それは配当の中にふくまれて債権者に配当される)、それは出捐者、つまり、本件上告人に返還されることこそ民法三九一条の法意に叶うものであり、この理は既に昭和四三年六月二七日判決(判例時報五二六号五二頁後記参考)において明らかにされたところであつて、「配当表によるものなるが故に民法七〇三条にいう法律上の原因あり」と強弁することは許されない。

結局この点に関する原審判決は民法三九一条、同七〇三条の解釈を誤つたものと言わねばならない。

参考判例

昭和四三年六月二七日判決 昭和四一年(オ)第六五七号不当利得返還請求事件 判例時報五二六号五二頁

〔主文〕 本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

〔理由〕 上告代理人奥嶋庄治郎の上告理由について。

任意競売における配当異議訴訟の判決は各抵当権の存否、その順位を確定するものではないから、原審認定の事実関係の下において被上告人が上告人に対し不当利得返還請求権を有するものとし、上告人は被上告人に対し四四六、七九七円の支払義務ありとした原審の判断は正当であり、原判決には何等所論の違法はない。それ故、論旨は採用し得ない。以上

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